大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成3年(行ケ)82号 判決

原告 エスジーエス トムソン マイクロエレクトロニクス インコーポレイテッド

同代表者 リチャード ケイ ロビンソン

同訴訟代理人弁理士 浅村皓

同 小池恒明

同 林鉐三

同 岩井秀生

被告 特許庁長官 深沢亘

同指定代理人通商産業技官 左村義弘

〈ほか二名〉

同通商産業事務官 廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を、九〇日と定める。

事実

第一当事者が求める裁判

一  原告

「特許庁が平成一年審判第二一三八号事件について平成二年一〇月一八日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文第一、二項と同旨の判決

第二原告の請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

モステック コーポレーションは、昭和五五年一月二二日、名称を「集積回路メモリ」とする発明について特許出願(昭和五五年特許願第五三三六号)をし、昭和六〇年三月一八日、上記特許出願を、名称を「集積回路メモリ」とする考案(以下「本願考案」という。)についての実用新案登録出願(昭和六〇年実用新案登録願第三八七六三号)に変更したが、昭和六三年一〇月一九日拒絶査定がなされたので、平成元年二月一三日査定不服の審判を請求し、平成一年審判第二一三八号事件として審理された結果、平成二年一〇月一八日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年一二月一九日審判請求人の送達された(出訴期間として九〇日が附加されている。なお、モステックコーポレイションは、一九八五年(昭和六〇年)一二月二三日に、商号をシーティーユー オブ デラウェア インコーポレイテッドに変更した。)。

原告は、一九九一年(平成三年)四月四日、シーティーユー オブ デラウェアインコーポレイテッドから本願考案について実用新案登録を受ける権利を譲り受け、平成三年四月一六日に特許庁長官にその旨を届け出た。

二  本願考案の要旨(別紙図面A参照)

多数のメモリセル対を有し、上記各メモリセル対がメモリの複数個のワード選択線の一つに結合され、上記メモリセル対が上記メモリの複数個のデータ線の二つに結合され、上記メモリセル対が

上記メモリセル対の半導体基板内に配置された第一伝送チャンネルを有する第一領域と、

上記第一領域に電気的に結合され

上記電気的結合点を除いて上記半導体基板から絶縁されて配置された第一データ線と、

上記メモリセル対の上記半導体基板内に配置された第二伝送チャンネルを有する第二領域と、

上記二領域に電気的に結合され、上記電気的結合点を除いて上記半導体基板から絶縁されて配置された第二データ線と、

上記第一伝送チャンネル及び上記第二チャンネルを流れる電流を制御するために、上記第一領域及び上記第二領域内のそれぞれの上記第一伝送チャンネル及び上記第二チャンネルに対して絶縁されて配置された導電性ゲート装置であってワード選択線への接続のために電気的接触領域を有し、上記第一伝送チャンネルが上記第一領域の一部を構成し上記第一領域に電気的に結合され、上記第二伝送チャンネルが上記第二領域の一部を構成し上記第二領域に電気的に結合されて成る、上記導電性ゲート装置と、

上記第一領域及び上記第二領域に対してそれぞれ絶縁されて配置された導電性キャパシタ装置で、電荷を蓄えることが可能の第一キャパシタ領域及び第二キャパシタ領域を定め、上記第一キャパシタ領域が上記第一領域の一部分を構成し上記第一伝送チャンネルに電気的に結合され、上記第二キャパシタ領域が上記第二領域の一部分を構成し上記第二チャンネルに電気的に結合された、上記導電性キャパシタ装置

とを有する、上記半導体基板内に作られた集積回路メモリ

三  審決の理由の要点

(一)  本願考案の要旨は、前項記載のとおりと認める。

(二)  これに対し、昭和五四年特許出願公開第五二四号公報(以下「引用例」という。別紙図面B参照)には、特に第六図に関連した説明において、

基板内に、トランジスタのチャンネル部とキャパシタの他方の電極とを、ディジット線のコンタクトの左右両側に設けた構造を有するセルの、上記チャンネル部とキャパシタの他方の電極とを含む右側の部分と、同様の構造を有する隣接したセルの、同じくチャンネル部とキャパシタの他方の電極とを含む左側の部分とを一つの組合わせとして配置し、基板内の、上記キャパシタの他の電極を含む部分の上に、絶縁膜を介して第一結晶シリコン層から成るキャパシタの一方の電極を配置し、二つのセルの右側の部分及び左側の部分の各チャンネル部を流れる電流を制御するための第二多結晶シリコンから成り、コンタクトを通して列アドレス線に接続されたゲートを、二つのセルの右側の部分と左側の部分の各チャンネル部の双方の上にまたがって配置し、二つのセルの右側の部分及び左側の部分のそれぞれのコンタクトに接続され、コンタクト以外の場所で基板から分離された二つのディジット線とゲート内のコンタクトに接続された一つの列アドレス線とをそれぞれ配置した、一ビット当たり一トランジスタ素子より成る、半導体記憶装置を含む、集積回路

が開示されている。

(三)  本願考案と引用例記載の発明を対比すると、引用例記載の「セルの右側の部分、隣接セルの左側の部分、チャンネル部、キャパシタの一方の電極、キャパシタの他方の電極」は、本願考案の「第一領域、第二領域、伝送チャンネル、導電性キャパシタ装置、キャパシタ領域」にそれぞれ対応する。また引用例記載の「列アドレス線、ディジット線、ゲート、コンタクト」が、本願考案の「ワード選択線、データ線、導電性ゲート装置、電気的接触領域」にそれぞれ対応する。

したがって、本願発明と引用例記載の発明は、

「多数のメモリセル対を有し、上記各メモリセル対がメモリの複数個のワード選択線の一つに結合され、上記各メモリセル対が上記メモリの複数個のデータ線の二つに結合され、上記メモリセル対が

上記メモリセル対の半導体基板内に配置された第一伝送チャンネルを有する第一領域と、

上記第一領域に電気的に結合され

上記電気的結合点を除いて上記半導体基板から絶縁されて配置された第一データ線と、

上記メモリセル対の上記半導体基板内に配置された第二伝送チャンネルを有する第二領域と、

上記第二領域に電気的に結合され、上記電気的結合点を除いて上記半導体基板から絶縁されて配置された第二データ線と、

上記第一伝送チャンネル及び上記第二チャンネルを流れる電流を制御するために、上記第一領域及び上記第二領域内のそれぞれの上記第一伝送チャンネル及び上記第二チャンネルに対して絶縁されて配置された導電性ゲート装置であってワード選択線への接続のために電気的接触領域を有し、上記第一伝送チャンネルが上記第一領域の一部分を構成し上記第一領域に電気的に結合され、上記第二伝送チャンネルが上記第二領域の一部分を構成し上記第二領域に電気的に結合されて成る、上記導電性ゲート装置と、上記第一領域及び上記第二領域に対してそれぞれ絶縁されて配置された導電性キャパシタ装置で、電荷を蓄える事が可能な第一キャパシタ領域及び第二キャパシタ領域を定め、上記第一キャパシタ領域が上記第一領域の一部分を構成し上記第一伝送チャンネルに電気的に結合され、上記第二キャパシタ領域が上記第二領域の一部分を構成し上記第二伝送チャンネルに電気第二領域に電気的に結合された、上記導電性キャパシタ装置

とを有する、上記半導体基板内に作られた集積回路メモリ」である点において一致する。したがって、本願考案は、引用例記載の発明と同一である。

なお、審判請求人(原告)は、審判請求の理由において「本願考案におけるキャパシタ領域即ち下部キャパシタ電極は、ドーピングにより作られた領域であり、これに対して引用例記載の下部キャパシタ電極(キャパシタの他方の電極)がドーピング領域である旨の開示はなされていない。この点において本願考案と引用例記載の発明とは相違している。」と主張する。

しかしながら、本願考案における「キャパシタ領域」という表現は、ドーピングされた領域に限定されたものではなく、ドーピングされない領域をも含むことは明らかであるから、審判請求人の上記主張は根拠がない。また、仮に、「キャパシタ領域」という表現が「ドーピングにより形成された」という限定を伴ったものであるとしても、引用例の従来例として提示されている第三図において「反転層または拡散層から成るキャパシタの他方の電極」が示されているから、本願考案はやはり実用新案の登録要件を備えたものということはできない。

(四)  以上のとおり、本願考案は、引用例記載の発明と同一であるから、実用新案法第三条第一項第三号の規定により、実用新案登場を受けることがでない。

なお、原査定の基礎となった昭和六二年一〇月二日付け拒絶理由通知書においては実用新案法第三条第二項の規定を適用しているが、第三条第一項第三号の規定を適用するのが相当であり、審査手続をみても、第三条第一項第三号の規定を適用したのと同様の経過を示しているから、改めて拒絶理由を通知するまでもなく、本願考案は第三条第一項第三号の規定によって実用新案登録を受けることができないと認める。

四  審決の取消事由

引用例に審決認定の技術的事項が記載されていることは認める。しかしながら、審判合議体は審判手続を誤り、かつ、本願考案と引用例記載の発明の一致点の認定を誤った結果、本願考案の新規性を誤って否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(一)  審判手続の誤り

審決は、原査定の基礎となった拒絶理由通知書においては実用新案法第三条第二項の規定を適用しているが、同法第三条第一項第三号の規定を適用するのが相当であり、原審の手続をみても、第三条第一項第三号を適用したのと同様の経過を示していることから、改めて拒絶理由を通知するまでもない、と説示している。

しかしながら、実用新案登録出願に係る考案の進歩性の有無を判断するに当たっては、まず、対比される技術的思想との間の同一性の有無の判断を行って相違点を抽出した上で、相違点に係る構成の予測性の有無の判断を行うべきである。この手順が拒絶理由通知に明確に現れているならば、「進歩性の有無に関する拒絶理由通知がなされている以上、あらためて同一性の有無に関する拒絶理由を通知する必要はない」という特許庁の実務も理解できるし、一致点及び相違点の認定に関して審査官あるいは審判官の認識と特許出願人の認識にずれがない多くの場合はそれでも不都合がない。これに対し、一致点及び相違点の認定に関して審査官あるいは審判官の認識と特許出願人の認識にずれのあるおそれがある場合は、進歩性の有無に関する拒絶理由を通知した後、同一性の有無に関する判断をするときは、原則に立ち戻って、あらためて同一性の有無に関する拒絶理由を通知しなければならないとするのが、実用新案法第四一条の規定によって準用される特許法第一五九条第二項、第五〇条の規定の法意というべきである。

本件において、原告は、出願当初の明細書から一貫して、本願考案のキャパシタ領域は引用例に開示されている反転層により形成されるものを排除することを明らかにし、これに沿う補正案も提示して、キャパシタ領域の構成が本願考案と引用例記載の発明の相違点として取り上げられ、その予測性の有無が判断されるものと予期していた。

しかるに、審判合議体は、キャパシタ領域の構成を両者の相違点として取り上げず、本願考案を新規性なしと判断したのであるが、そのような判断をするのならば、あらかじめ原告に対しその理由を通知して、意見を述べ手続を補正する機会を与えるべきである。

したがって、本件審判手続は、実用新案法が理念とする不意打ち防止に反するものであって、違法である。

(二)  一致点の認定の誤り

審決は、本願考案のキャパシタ領域は引用例記載のキャパシタの他方の電極(下部キャパシタ電極)に対応する、と説示している(なお、本願考案のメモリセル対は、集積度の向上のため各セルが相補の形状にパターン化され、各セルの構成は実質的に同一であるから、以上の主張は、第一キャパシタ領域と第二キャパシタ領域に共通する。)。

しかしながら、本願考案のキャパシタ領域は、「基板内にドーピングによってつくられ」(本願明細書第五項第五行及び第六行)るものである。すなわち、本願考案のキャパシタ領域は、基板内の選択された部分をあらかじめドーピングして物理的に形成された拡散層により形成されるもの(以下「拡散層により形成されるキャパシタ領域」という。)に限定され、近くの板に電圧が印加される結果、電界誘起電荷により形成される反転層(以下「反転層により形成されるキャパシタ領域」という。)を含まない。

本願考案のキャパシタ領域が反転層により形成されるキャパシタ領域を含まないことは、下記の三点によって明らかである。

① キャパシタ領域が反転層により形成されるものであるならば、導電性キャパシタ装置に印加される電圧源が必須の要件である。しかるに、本願考案のキャパシタ領域の構成を規定する実用新案登録請求の範囲の第八パラグラフには、導電性キャパシタ装置に印加されるべき電圧源が記載されていない(本願考案の実施例においても、導電性キャパシタ装置の共通キャパシタプレートは、アースされている。)。

② 本願考案の実用新案登録請求の範囲においては、「第一領域」という用語が、非常に重要な意味を有するものとして使用されている。これは、別紙参考図に示すように、「キャパシタ領域~ドレイン~伝送チャンネル~ソース~電気的接合点」の部分を一体的に表す用語である。

そして、実用新案登録請求の範囲に「第一伝送チャンネルを有する第一領域、」「第一伝送チャンネルが前記第一領域の一部分を構成し前記第一領域に電気的に結合され」、「第一キャパシタ領域が前記第一領域の一部分を構成し前記第一伝送チャンネルに電気的に結合され」と記載され、かつ、第一領域は第一データ線に電気的に結合されるものであるから、データ線からキャパシタ領域に至る電気的結合(メモリ動作)と、伝送チャンネルが導電性ゲート装置により同チャンネルを流れる電流を制御可能なチャンネルとして規定されていることを念頭に置けば、第一伝送チャンネルの上記電気的結合は、データ線によりキャパシタへ電荷を蓄える(又は放出する)導電路を意味していると理解される。

そうすると、基板内に配置される第一伝送チャンネルを有する第一領域は、第一データ線に電気的に結合される導電領域部分を有すると理解されるが、同領域を典型的なP形基板中に実施すれば、N形領域で与えられることは自明であるから、第一伝送チャンネルは、別紙参考図のように該N形領域内に結合されているものと理解すべきである。したがって、第一キャパシタ領域は、第一伝送チャンネルと電気的に結合し、かつ、データ線に結合される第一領域の一部分を構成するものであるから、データ線に電気的に結合されるべき第一領域と同じ内容の拡散N形領域であって、反転層という異なる内容の領域ではない。

以上のとおりであるから、第一領域の一部分であるキャパシタ領域も、当然に、拡散層により形成されるものに限定されることになる。

③ 本願明細書の考案の詳細な説明には、「キャパシタ電極は物理的に基板内につくられ、そして半導体表面の反転フィールドの誘起には依存しない」(第五頁第一九行ないし第六頁初行)と記載されており、反転層により形成されるキャパシタ領域は明確に排除されている。このように明細書の考案の詳細な説明において明確に排除されている事項は、実用新案登録請求の範囲に、一見、含まれるようにみえても、考案の要旨は、そのような事項を含むように拡張して理解すべきではない。

これに対し、引用例の第四頁左上欄第八行ないし右上欄第二行には、各メモリセルにおけるメモリ蓄積キャパシタの下部キャパシタ電極(第六図(別紙図面B)の上方のトランジスタQの右側及び下方のトランジスタQの左側に、ホームプレート形に表示されている部分)が、拡散層により形成されるキャパシタ領域である旨の記載がない。かえって、下部キャパシタ電極が薄いキャパシタ酸化物と周囲の厚いフィールド酸化物の境界を示す破線で示されているのに対し、ドーピングによって形成されることが明記されているドレイン領域61はハッチング線で示され、かつ、第一図においてキャパシタCの自由端子が電源端子として表示されていることからすれば、引用例記載の下部キャパシタ電極は、上部の共通板である電極に印加される電圧によってフィールド酸化物65内に電界誘起される結果、反転層により形成されるキャパシタ領域であるとみられる。この点について、被告は、引用例記載の半導体装置の垂直方向の構造は別紙図面Bの第三図から類推すべきである、と主張する。しかしながら、同図の下部キャパシタ電極35が拡散層により形成されるものならば、同一の工程によって形成されるドレイン36もほぼ同じ厚みでなければならないのに(35はトランジスタのソースも兼ねており、ソースとドレインは対のものである。)、両者の厚みには顕著な違いがある。したがって、別紙図面Bの第三図も、下部キャパシタ電極35は反転層により形成されるものであることを示しているのである。

以上のとおりであるから、本願考案のキャパシタ領域と引用例記載の発明の下部キャパシタ電極は構成を異にするものであって、審決の一致点の認定は誤りである。

この点について、被告は、「キャパシタ領域」という用語がDRAMの技術分野において使用されるときは、キャパシタの下部電極が拡散層により形成されるものと反転層により形成されるものの双方を含むことは当業者にとって技術常識である、と主張する。

「キャパシタ領域」という用語が反転層により形成されるものと拡散層により形成されるものの双方を含むことは被告の主張するとおりであるが、本願考案の実用新案登録請求の範囲は、「キャパシタ領域」という用語のほか、上記のように多くの記載によって本願考案のキャパシタ領域の構成を規定しているから、本願考案のキャパシタ領域が拡散層により形成されるものに限定されるか反転層により形成されるものも含むかは、実用新案登録請求の範囲の記載全体から判断すべきである(少なくとも、実用新案登録請求の範囲では「キャパシタ領域」という用語が反転層により形成されるものを含むことが一義的に明確といえないから、発明の詳細な説明を参酌して判断すべきである)。

第三請求の原因の認否、及び、被告の主張

一  請求の原因一ないし三は、認める。

二  同四は争う。審決の認定及び判断は正当であって、審決には原告が主張するような誤りはない。

(一)  審判手続について

原告は、出願当初の明細書から一貫して本願考案のキャパシタ領域は引用例に開示されている反転層により形成されるものを排除することを明らかにし、これに沿う補正案も提示して、キャパシタ領域の構成が本願考案と引用例記載の発明の相違点として取り上げられ、その予測性の有無が判断されるものと予期していたところ、審判合議体はキャパシタ領域の構成を両発明の相違点として取り上げず、本願考案を新規性なしと判断したのであるが、そのような判断をするならば、あらかじめ原告に対しその理由を通知して、意見を述べ手続を補正する機会を与えるべきである、と主張する。

しかしながら、原告は、審判請求の時点以降も、常に手続補正の機会があったにもかかわらず、補正案を提示するに止まったのは、補正案の採用を審判合議体の裁量に委ねたということにほかならないから、原告の上記主張は失当である。

(二)  一致点の認定について

原告は、本願考案のキャパシタ領域は拡散層により形成されるものに限定され、反転層により形成されるものを含まない、と主張する。

しかしながら、本願考案の実用新案登録請求の範囲において使用されている「キャパシタ領域」という用語は、キャパシタ(すなわち、容量)の機能を持つ領域のことであって、それ自体で意味内容が明確な用語である。そして、「キャパシタ領域」という用語がDRAMの技術分野において使用されるときは、キャパシタの下部電極が拡散層により形成されるものと反転層により形成されるものの双方を含むことは、当業者にとって技術常識である。このような実用新案登録請求の範囲において使用さている用語自体の意味が明確な場合に、明細書の考案の詳細な説明を参酌して、用語の意味を限定的に理解することは許されない。

この点について、原告は、本願発明のキャパシタ領域が反転層により形成されるものを含まない論拠として①ないし③を主張する。

しかしながら、反転層により形成されるキャパシタ領域を論じた文献において、上部キャパシタ電極に対する電圧源を明記していない例も多いから、原告主張の論拠①(本願考案の実用新案登録請求の範囲に導電性キャパシタ装置に印加されるべき電圧源が記載されていない点)は、本願発明のキャパシタ領域が拡散層により形成されるものであることの裏付けとならない。

また、原告は、本願考案の第一領域が拡散層により形成される領域のみから成り、伝送チャンネルは第一領域の一部分ではあるが単なる導電路にすぎないと規定した上で、第一領域の一部分であるキャパシタ領域も当然に拡散層により形成されるものに限定されることになる(論拠②)、と主張する。しかしながら、別紙参考図にも示されているように、反転層により形成される伝送チャンネルも第一領域の一部分であって、本願考案の第一領域が拡散層により形成される領域のみから成るという前提自体が誤りであるから、原告主張の論拠②は失当である。

なお、原告は、論拠②において、伝送チャンネルは第一領域に電気的に結合されているから、伝送チャンネルと第一領域は異なる部分であるかのように主張している。しかしながら、対応する実用新案登録請求の範囲にはそのような記載はなく、そこに記載されているのは、導電性ゲート装置が第一領域に電気的に結合されているということである。

さらに、原告は、論拠③として、明細書の考案の詳細な説明において明確に排除されている事項は、実用新案登録請求の範囲に一見含まれるようにみえても、考案の要旨はそのような事項を含むように拡張して理解すべきではない、と主張する。しかしながら、実用新案登録請求の範囲において使用されている「キャパシタ領域」という用語自体の意味が上記のように明確に理解できる以上、その用語の意味を明細書の考案の詳細な説明を参酌して限定的に解することはできないから、原告主張の論拠③も失当である。

念のため付言すれば、引用例の第六図自体には半導体装置の垂直方向の構造が示されていないから、その垂直方向の構造は第三図から類推すべきところ、第三図には、下部キャパシタ電極は拡散層又は反転層により形成されるものとして示されている。なお、原告は、別紙図面Bの第六図において下部キャパシタ電極が破線で示されているのに対し、ドーピングによって形成されることが明記されているドレイン領域61はハッチング線で示され、かつ、キャパシタCの自由端子が電源端子として表示されていることを指摘するが、同じ拡散層により形成されるものであっても、機能が異なれば表示を変えても不自然でないし、拡散層により形成される上部キャパシタ電極にある程度の印加電圧を印加する例も少なくないのである。

第四証拠関係《省略》

理由

第一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願考案の要旨)及び三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第二  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

一  《証拠省略》によれば、本願考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が下記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(一)  技術的課題(目的)

本願考案は、一情報ビットを記憶するための集積メモリ回路に用いられる、一トランジスタ・一キャパシタのメモリセル構造体(キャパシタに接続された電界効果トランジスタ)に関する。

金属酸化物シリコン電界効果トランジスタ(MOSFET)を用いたメモリにおいて、キャパシタ板の一つは各メモリセル内のMOSFETのドレイン又はソースとして働くが、この記憶装置の特性は、データ線路の漂遊容量に対するキャパシタンスの比に大幅に依存することである。

メモリ構造体技術においては、メモリ回路を小形化するとともに経済的な観点からメモリセル基板の面積を小さくすることが望ましいが、セル全体が小さくなるとデータ線路キャパシタンスに対するセルキャパシタンスの比が小さくなって装置の特性に影響を及ぼすので、メモリセルを小さくすることには限界がある。

メモリセルの面積は四個の素子、すなわちトランジスタのチャンネル面積、キャパシタの電極、フィールド面積及びデータ線路によって決定される。

本願考案の技術的課題(目的)は、装置の特性を損うことなしにこれらの素子の一つを除去して、メモリセルの面積を小さくすることである。

(二)  構成

上記技術的課題(目的)を解決するために、本願考案は、その要旨とする実用新案登録請求の範囲記載の構成を採用したものである。

すなわち、本願考案は、データ線路を、メモリセル基板から除去し多結晶シリコンの第二層の中に作ることはよって、メモリセルの面積を小さくしたものである。

キャパシタの下電極は基板内にドーピングによってつくられ、上電極は多結晶シリコンの第一層内に作られる。この第一多結晶シリコン電極は、メモリセルアレイ内のすべてのキャパシタに共通である。

キャパシタはアース又は他の基準電圧に接続され、電界効果トランジスタの一端子とキャパシタの第一電極は一体である。このキャパシタ電極は、物理的に基板内に作られ、半導体表面の反転フィールドの誘起には依存しない。キャパシタの第二電極は、物理的に第一多結晶シリコン層内に作られる。

別紙図面Aの図一は一ビットを記憶するために一つのメモリセルを用いたメモリアレイの一部分を示す等価回路であって、二つのメモリセル10、20が示されている。データ線路30、32、34は漂遊キャパシタンス36、38、40を有する。なお、14、24はトランジスタであり、12、22はソース端子であり、16、26はゲートであり、50、52はワード線路である。

トランジスタ14(「12」とあるのは誤記と認められる。)のドレイン端子18はキャパシタ42の第一電極に接続され、キャパシタ42の第二電極がアースに接続される。トランジスタ24のドレイン端子28はキャパシタ44の第一電極に接続され、キャパシタ44(「42」とあるのは誤記と認められる。)の第二電極がアースに接続される。

データ線路32上の信号の強さは、漂遊キャパシタンス38に対するキャパシタ42のキャパシタンスの比に大幅に依存する。しかしながら、セルの集積度を大きくすると、大きなキャパシタ42を受け入れる面積が小さくなる。本願考案は、キャパシタのために利用可能な面積を大きくするため、データ線路を基板から離れた第一多結晶シリコン層内に作り、別の第二多結晶シリコン層がメモリセルのキャパシタの第二電極のために用いられる。したがって、キャパシタンスを減少することなく、同面積により多くのメモリを蓄えることができる。

図二は、N形面積とP形伝送チャンネルから成る領域60を示す。同領域60は、P形基板70の中に配置され、二つのメモリセルのための二つの電界効果トランジスタのドレイン、ソース及びチャンネルが、二つのキャパシタの二つの第一電極とともに作られる。

端子12、22と接触点62は、共通にドープされた領域である。領域60と領域64のように類似の領域の間の領域72は、P形にドープされた領域でなる。領域60の左半分を第一領域と呼び、メモリセル対は別の領域60の右半分(第一領域を含むセルの、すぐ下のメモリセルに属する。)を有するので、これを第二領域と呼ぶ。

図三は第一多結晶シリコン面積によって作られた導電性キャパシタ装置の平面図である。

多結晶シリコンの第二層86が、図四に示すように成長される。この層は、データ線路30、32、34、トランジスタ14、24のゲート16、26を有する。図示されているように、これらのゲートは別のデータ線路から延びている他のメモリセルのゲート領域と共通である。したがって、例えばデータ線路32に接続されるトランジスタ14のゲート16は、データ線路30に接続されるこのメモリセル内の別のトランジスタのゲートと共通である。

データ線路32は、第二多結晶シリコン層86の中に埋め込まれ、トランジスタ対と接触する場所以外のすべての点で絶縁されるが、接触点においては酸化物が除去され、接触体62のような埋め込まれた接触体を作ることができる。この埋め込まれた接触体62は、基板内に既に組み込まれているトランジスタ端子を有しており、厚い酸化膜がこの後の段階において接触体領域の周りに成長されるので、自己整列接触体が得られる。これによって、小さな接触面積で適切な接触体を確実に得られるので、より大きな集積度が得られるのみならず、基板上の異なったレベルにあるデータ線路、キャパシタ、トランジスタをより集積して詰め込むことができ、必要なキャパシタンス比を損なうことなく、より大きなセル密度を得ることができる。

図五は、図四の線5―5に沿う断面図であって、基板70はP形にドープされ、表面にトランジスタ14、24が作られる。端子12、18、22、28は、キャパシタ42、44の第一電極とともに、N形である。

第二多結晶シリコン層86は、データ線路30、32、34を構成し、ゲート16、26はトランジスタの上にある。データ線路32はトランジスタの箇所で接触体62を作り、データ線路30、34は第一多結晶シリコンキャパシタ層82の上に積み重ねられる。

(三)  作用効果

本願考案によれば、データ線路を多結晶シリコンの上層内に置くことによって、より多くの基板面積(したがって、より大きな集積度)が得られるとともに、データ線路漂遊キャパシタンスに対するメモリキャパシタンスの所望の比を保つことができる。

したがって、キャパシタ面積を犠牲にすることなしに、より大きな集積度のメモリセルアレイを得ることができるのみならず、より有効なキャパシタによって良好なメモリセル特性を得ることができる。

二  審判手続について

審決は、上記のとおり、原査定の基礎となった拒絶理由通知書においては実用新案法第三条第二項の規定を適用しているが、同法第三条第一項第三号の規定を適用するのが相当であり、原審の手続をみても、第三条第一項第三号を適用したのと同様の経過を示していることから、改めて拒絶理由を通知するまでもない、と説示している。

これに対し、原告は、出願当初の明細書から一貫して本願考案のキャパシタ領域は引用例に開示されている反転層により形成されるものを排除することを明らかにし、これに沿う補正案も提示して、キャパシタ領域の構成が本願考案と引用例記載の発明の相違点として取り上げられ、その予測性の有無が判断されるものと予期していたのであるから、審判合議体がキャパシタ領域きの構成を両者の相違点として取り上げず、本願考案を新規性なしと判断するならば、あらかじめ原告に対しその理由を通知して、意見を述べ手続を補正する機会を与えるべきである、と主張する。

そこで考えるに、拒絶査定不服の審判手続において、審判合議体が、先に実用新案登録出願人(審判請求人。以下「出願人」という。)に対し通知されている拒絶理由と異なる理由によって審判請求を退けようとする場合は、その理由をあらためて出願人に通知し、出願人に対し意見書を提出する機会を与え、必要ならば明細書等の補正をする機会を与えければならないことは、実用新案法第四一条によって準用される特許法第一五九条第二項(第五〇条)が規定するとおりである。

しかしながら、実用新案登録出願人に対し、二つ以上の引用例を挙げて出願に係る考案が実用新案法第三条第二項の規定に該当する旨の拒絶理由の通知がなされた場合において、その記載内容に照らし、出願人において、出願に係る考案と各引用例記載の技術的事項を対比して構成の同異を検討し理解することができ、したがって出願人が、出願に係る考案が要旨とする構成のうち特定の部分について、拒絶理由が一致するとした当該引用例記載の技術的事項と構成を異にしており実用新案登録出願を拒絶すべき理由がないことについて意見書を提出する機会があり、必要ならば明細書等の補正をする機会もあったと認められるときは、審判合議体は、あらためて拒絶理由を出願人に通知することなく、出願に係る考案は当該引用例記載の技術的事項と同一であるとの理由によって審判請求を退けても差支えないと解するのが相当である。

これを本件についてみると、《証拠省略》によれば、昭和六二年一〇月二日付けで原告に通知された拒絶理由は、本願考案は下記一、二の刊行物に記載された技術的事項に基づいて当業者がきわめて容易に考案することができたと認められるから実用新案法第三条第二項の規定により実用新案登録を受けることができない、というものであり、その技術的事項として、

一 特開昭五三―九〇八八八号公報『半導体基板上に配列されたメモリセルの領域上に横たわり、各導電性基板領域と絶縁された前記配列内の各キャパシタのための共通プレートを構成する集積回路メモリが記載されている点』

二 特開昭五四―五二四号公報『二層の多結晶シリコン層のうち下層をキャパシタ電極とし、それと絶縁膜を介してディジット線となる第二層目を構成している点、また、第六図は、該キャパシタ電極となる多結晶シリコン層が基板全面の各メモリセル間の共通プレートとなり得ることを示しているものと認める』

と記載されていることが認められる。

上記認定事実によれば、本件拒絶理由は、本願考案と基本となる引用例記載の技術的事項との構成上の一致点と相違点を明らかにした上、その相違点について他の引用例記載の技術的事項を引用して、本願考案の構成がきわめて容易に想到することができたとする、通常の判断手法を採用していない。

しかしながら、少なくとも昭和五四年特許出願公開第五二四号公報(審決における引用例)記載の技術的事項については、出願人が拒絶理由に記載されている事項を参酌して同引用例を読むならば、拒絶理由は、同引用例記載の技術的事項と本願考案は、本願考案が要旨とするキャパシタの構成において一致していることを示していると理解できたものと認められる。

そして、《証拠省略》によれば、原告は、上記拒絶理由に対応して、本願考案の実用新案登録請求の範囲を上記の「本願考案の要旨」記載のとおりのものに補正するとともに、出願人として必要と考えた意見を述べていることが認められる。

したがって、出願人である原告としては、本願考案と引用例記載の技術的事項が本願考案が要旨とするキャパシタの構成において相違すると考えていたのならば、その点について意見を述べ、必要があるならば本願明細書を補正する機会も与えられていたというべきであるから、本願考案が実用新案法第三条第一項第三号の規定により拒絶されるべきであるという拒絶理由に対する原告の防禦権が妨げられたということはできない。

この点は、下記の経過からも明らかである。すなわち、《証拠省略》によれば、昭和六三年一〇月一九日付けでなされた拒絶査定には、備考として、下記の事項が記載されていることが認められる。

「出願人は、昭和六三年五月二七日付け意見書にて、本考案メモリの絶縁層上に横たわり且つ全メモリ・セル対の上に延びる容量性手段は導電性材料シートから成るものであるのに対し、さきの各引用例のものは、これが個々のストリップとして形成されている点で、本考案のものと相違している旨述べている。しかしながら、半導体記憶装置を構成する上において、メモリセルの配列が、同一パターンを繰り返して行われるものであることは当業界の常識であり、これを前提としてさきの引例二(特開昭五四―五二四号公報)の第六図を検討するに、コンタクト部62においてデータ線63と接続するドレイン領域61が、データ線63と直角方向に両側に延びているところからみて、半導体基板上のデータ線間に位置する部分のメモリセルパターンは、各データ線を境としてそれと隣り合う部分と線対象に配置されていると解するのが相当である。(すなわち、第六図には、データ線とのコンタクトから右方向に接続するメモリセルと左方向に接続するメモリセルとが一つずつ示されているが、それら各々のメモリセルのデータ線をはさんだ反対側にも、それぞれ他方と同形状のメモリセルパターンが存在すると解するのが相当である。)ここで、同引例においては、データ線が導電(キャパシタ)シートの上部に形成されることが明記されており、第六図においても、該導電シートはデータ線の下層で左右連続したものとなっているので、同シートが左右方向で切れ目を持つとは判断され得ない。また、上下に連続したものであることは同図より明白である。してみると、該導電シートが個々のストリップとして形成されているとする出願人の主張は妥当性を欠き、意見書での主張を採用する訳にはいかない。」

上記査定に対し、原告は査定不服の審判を請求したのであるが、《証拠省略》によれば、原告は、審判手続において提出した平成二年八月六日付け審判請求理由補充書において、「原査定の拒絶理由は(中略)引用例二の第六図には本願考案の特徴とする構成が示されている指摘されている。即ち、ドレイン領域61、コンタクト部62及びデータ線63と関連し、メモリセルパターンが半導体基板上のデータラインに対して対称的に配置されているとの解釈は正しい。また、引用例二には、第六図にハッチング表示された部分と思われる導電シートの上部にデータ線が形成されることが明記され、また導電シートが左右及び上下に連続していると指摘されている。これらの引用例二の第六図の解釈について、出願人は同意する。また、以上のことから、出願人の前回の意見書は妥当性を欠き、引用例二により本願は拒絶されるというものである。」と記載されていることが認められる。そして、《証拠省略》によれば、上記審判請求理由補充書には、引用例には拡散層により形成される下部キャパシタ電極は開示されていないこと、引用例には下部キャパシタ電極は反転層により形成されるものであることが強調されていること、引用例の第三図及びこれに関する説明にはキャパシタ電極35は反転層により形成されるもの又は拡散層により形成されるものであることが開示されていること、本願考案の構成を得るには、引用例の第三図に示されたキャパシタ電極のうち反転層により形成されるものを排除し、拡散層により形成さるもののみを選択することが要求されること、本願考案の拡散層により形成されるキャパシタ領域は、反転層により形成されるものと比較すると多くの利点を有することが記載され、かつ、本願考案の実用新案登録請求の範囲はキャパシタ領域が拡散層により形成されるものであることが明瞭に表現されていないことを理由として、キャパシタ領域を拡散層により形成されるものに限定する補正案が記載されていると認められる。

以上のような経過によれば、原告が、審判手続の段階においては、拒絶査定は専ら本件審決の引用例のみを論拠としていると理解し、同時に、本願考案のキャパシタ領域の構成に関しては、引用例記載の発明との間に同一性の問題が存することを明確に意識して、拒絶査定不服の審判を請求したことが明らかである。審決が、原審の手続をみても第三条第一項第三号の規定を適用したのと同様の経過を示している、と説示しているのは、このことを指しているものと理解される。

以上のとおりであるから、原告は、審判手続において、本願考案が引用例記載の発明と同一であり実用新案法第三条第一項第三号の規定により拒絶されるべきであるという拒絶理由を新たに示されなくとも、同拒絶理由に対する防禦権を妨げられることがなかったというべきである。このように、本件は、審査手続及び審判手続を通じて、同拒絶理由に対して原告が防禦権を行使するのに必要かつ十分な手続が履践されたと考えることができるから、本件審判に原告主張のような手続上の違法があるとはいえない。

三  一致点の認定について

原告は、本願考案のキャパシタ領域は拡散層により形成されるものに限定され、反転層により形成されるものを含まない、と主張する。

しかしながら、本願考案の実用新案登録請求の範囲に記載されている「キャパシタ領域」という用語が、集積回路メモリの技術分野において、反転層により形成されるものと拡散層により形成されものの双方を含むことは原告も認めて争わないところである。

この点について、原告は、本願考案のキャパシタ領域が反転層により形成されるキャパシタ領域を含まない論拠として、

①  キャパシタ領域が反転層により形成される場合には導電性キャパシタ装置に印加される電圧源が必須の要件であるのに、本願考案の実用新案登録請求の範囲の第八パラグラフには上記電圧源が記載されないこと

②  第一領域に関する原告指摘の本願考案の実用新案登録請求の範囲の記載から、第一領域の一部分であるキャパシタ領域も当然に拡散層により形成されるものに限定されること

を主張する。

しかしながら、原告の論拠①については、《証拠省略》によれば、上記公報記載の発明は拡散層及び反転層により形成されるキャパシタ領域を含む半導体記憶装置であるが、反転層により形成する場合に必要な電圧源については、その特許請求の範囲に記載されていないことが認められる。このように、必要な電圧源の記載を省略して特許請求の範囲の記載をすることは、当業者にとって技術的に自明の事項であるといえるから、本願考案の実用新案登録請求の範囲に電圧源の記載がないからといって、本願考案のキャパシタ領域が拡散層により形成されるものに限定されるということはできない。

また、原告の論拠②については、原告が本願考案の構成を示すものとして提示した別紙参考図からも明らかなとおり、反転層により形成される伝送チャンネルも第一領域の一部分にほかならない。したがって、本願考案の実用新案登録請求の範囲に原告主張の記載があるからといって(ただし、同請求の範囲には「第一領域は第一データ線に電気的に結合される」という記載はなく、導電性ゲート装置が第一領域に電気的に結合されるという趣旨が記載されている。)、キャパシタ領域が拡散層により形成されるものに限定されるとはいえない。

さらに、原告は、論拠③として、本願明細書の考案の詳細な説明を引用してキャパシタ領域が拡散層により形成されるものに限定されると主張する。しかしながら、上記のように実用新案登録請求の範囲に記載されている用語自体の意味が明確な場合に、明細書の考案の詳細な説明を参酌して用語の意味を限定的に理解することが許されないことはいうまでもない。

四  以上のとおり、本件審判に手続上の違法があったということはできず、かつ、本願考案のキャパシタ領域を拡散層により形成されるものに限定して理解すべき理由もないから、本願考案は引用例記載の発明と同一であるとした審決の認定判断は正当であって、審決には原告が主張するような違法は存しない。

第三  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間を定めることについて行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 佐藤修市)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例